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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)5274号 判決

原告 古川浩

被告 電気化学工業株式会社

主文

1  被告会社の昭和二十八年五月三十日の定時株主総会における、定款第五条中「一千六百万株」とあるのを「四千八十万株」に変更する旨の決議、並びに、定款第六条中「一千六百万株」とあるのを「四千八十万株」に変更する旨の決議が、いづれも無効であることを確定する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

一、請求の趣旨。

被告会社の昭和二十八年五月三十日の定時株主総会における

(イ)  定款第五条中「一千六百万株」とあるのを「四千八十万株」に変更する旨の決議

(ロ)  同第六条中「一千六百万株」とあるのを「四千八十万株」に変更する旨の決議

(ハ)  訴外海川電力株式会社吸収合併に関する合併契約書を承認する旨の決議

が、いずれも、無効であることを確定する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

二、請求の原因

(一)  原告は、被告会社の四十五株の株主である。

(二)  被告会社は、昭和二十八年五月三十日、本店に定時株主総会を招集し、右総会において、請求の趣旨記載の(イ)(ロ)、(ハ)、の各決議がなされた。しかしながら、右決議は、以下述べるとおり、その内容が違法であるから、無効である。

(三)  定款第五条を変更する決議について。

定款第五条は、従来、「当会社の発行する株式の総数は一千六百万株とする」とあつたのを、前記決議(請求の趣旨(イ))によつて、「当会社の発行する株式の総数は四千八十万株とする」と変更したものである。

しかしながら、本件株主総会当時、被告会社の発行済株式の総数は一千二十万株であつたから、右定款変更前の「発行する株式の総数」一千六百万株中には、五百八十万株の未発行部分があつたわけである。このように会社の発行する株式の総数中に未発行の部分があるときは、会社は、これを発行しおわるか又は、未発行株式数に相当するだけ「発行する株式の総数」を減少した後でなければ、「発行する株式の総数」を増加することができないものと解すべきである。蓋し、商法第三百四十七条第一項において会社の発行する株式の総数は発行済株式の総数の四倍を超えてこれを増加することをえずと規定しているのは、「発行する株式の総数」がすべて発行済株式である場合に限りこれを増加することを許した趣旨と解しなければならないからである。何となれば、同条第二項の規定によれば、発行する株式の総数を増加する場合においては、同時に「増加すべき株式」につき新株引受権に関する定を定款に記載しなければならないわけであるが、前記(イ)の決議により発行済株式の総数一千二十万株に対し発行する株式の総数を四千八十万株に増加したのであるからその差三千六十万株が右法条にいわゆる「増加すべき株式」であつて、これについて新株引受権の定を必要とするのである。しかるに、変更前定款による発行する株式の総数一千六百万株中の未発行分五百八十万株については、すでに、新株引受権に関する定があるのであるから、今回、右五百八十万株に対し、前記「増加すべき株式」三千六十万株の一部として新株引受権に関する定をすることとなれば、結局同一の未発行株式について二重に新株引受権の定を設けることになる。

そうかといつて、「増加すべき株式」三千六十万株から右五百八十万株を除外して新株引受権に関する定をすれば、発行する株式の総数を増加する毎に、増加すべき株式「全部」に対し新株引受権に関する規定を設くべきことを要求している法律の規定と衝突せざるをえない。このような矛盾におちいる点からみても、未発行株式の残存する場合には、これをそのままに放置して発行する株式の総数を増加することが許されないことは明白である。しかるに、本件定款第五条変更の決議は、未発行株式五百八十万株が残存しているにもかかわらず、これをそのままにして、会社の発行する株式の総数を一千六百万株から四千八十万株に増加したのであるから商法の規定に違反している。

(四)  定款第六条を変更する決議について。

定款第六条は、従来「当会社の株主は、株式総数一千六百万株のうち、未発行株式について新株引受権を有する。但し、取締役会の決議により新株の一部を公募し、又は、役員従業員旧役員及び旧従業員に新株引受権を与えることができる。」とあつたのを、前記請求の趣旨(ロ)の決議によつて、「当会社の株主は、株式総数四千八十万株のうち、未発行株式について新株引受権を有する。(以下但書は変更なし。)」と変更されたものである。すなわち、定款第五条の変更による発行する株式の総数の増加にともない、増加した株式につき、定款第六条の規定中の一部の変更によつて、新株引受権に関する定をしたのである。

(イ)  右新株引受権に関する定によれば、取締役会の決議を以て株主の新株引受権の一部を制限することができるものとされている。しかしながら、新株引受権は、株主の重大な利害に関する事項であるから、法律は、株主の新株引受権の付与、制限、排除については、直接定款の規定を以てすべきことを命じているのであつて、取締役会にこれを委ねることを許さない。すなわち、取締役会は、株主に対し、新株引受権を付与し、制限し、又は排除する権能を有しないものであるから、これにかかる事項を決議することを委ねても、それは無効である。従つて、本件決議におけるように、定款の規定からは株主の新株引受権を制限するや否や、制限する場合におけるその範囲が明確でなく、その決定を挙げて取締役会の決議に委ねているのであつては、結局株主に対し新株引受権の付与制限又は排除の定をしたことにならないから無効である。

(ロ)  次に、右定款の規定によれば、取締役会の決議により、いわゆる特定の第三者たる役員従業員旧役員及び旧従業員等に新株引受権を与える旨定めているのであるが、特定の第三者に新株引受権を付与する場合にはこれを定款自体に定むべきものであつて、付与するか否かの決定を取締役会に委ねうべきものではないから、右のような定は無効である。

(ハ)  ことに、特定の第三者中役員すなわち取締役に対し、取締役会の決議により、新株引受権を付与しうるとすることは、取締役が、自分自身に新株引受権を付与することを認めるにちかく、このようなことは、取締役に与える報酬の額の決定を定款の規定又は株主総会の決議にかからしめ、取締役会の決議によることを許さない法律の精神に照しても無効の定であるといわなければならない。

(五)  訴外海川電力株式会社吸収合併に関する合併契約書承認の決議について。

被告会社は、元来、海川電力株式会社の全株式一万二千株を有し、右訴外会社の唯一人の株主である。しかるところ、株式会社は、社団法人であるから、必ず複数の社員(株主)を有すべく、右訴外会社のように株主が唯一人となつたときは、すでに社団法人たる株式会社とはいえないから、株式会社として被告会社との合併契約の当事者たりえないのである。蓋し、株主一人の株式会社においては、観念上複数人の集会たることを本質とする株主総会を招集するに由なく、従つて合併手続に必須の合併契約書承認の特別決議をうる途がない。仮に株主総会を招集することができるとしても、唯一人の株主である被告会社は合併契約の当事者として特別の利害関係を有する者であり議決権を行使することができないものであるから、前同様承認決議をえられる筈がない。しかるところ、会社が合併をするには、各会社の株主総会において合併契約書を承認することを要するのであるが、右のとおり、訴外会社においては、合併契約書の承認をすることができないのであるから、被告会社においてなした合併契約書承認の決議も亦無効であるといわなければならないからである。

(六)  よつて、請求の趣旨記載の各決議の無効確認を求めるため本訴に及んだ次第である。

三、被告の答弁

(一)  請求棄却の判決を求める。

(二)  原告が、被告会社の株式四十五株の株主であること、及び、昭和二十八年五月三十日の被告会社定時株主総会において、原告主張のとおり、定款第五条及び第六条を変更する旨の決議並びに訴外海川電力株式会社との間の合併契約書を承認する旨の決議がなされたことは、いづれも認めるが、右各決議の内容が違法であるとの原告の主張を否認する。

(三)  定款第五条を変更する決議について。

商法第三百四十七条第一項は、会社が発行する株式の総数を増加するときは、発行済株式の総数の四倍を超えてこれを増加することができない旨規定しているに止まるから、この規定によつて、会社は、発行する株式の総数中になお未発行株式が残つている場合においても定款を変更して発行する株式の総数を増加しうることは当然で、ただこの際、発行済株式の総数の四倍を超えて増加することができない制限をうけるだけである。換言すれば、未発行株式が残存している場合においても、会社が発行済株式の総数の四倍まで発行する株式の総数を増加しうることは、右法条が未発行株式の存する場合についての何らの制限を設けていないことに徴して極めて当然である。

被告会社は、従来、発行する株式の総数一千六百万株このうち発行済株式の総数一千二十万株であつたが、今後の資本調達を便ならしめるため、発行する株式の総数を発行済株式の総数一千二十万株の四倍に相当する四千八十万株に増加することとし、原告主張のとおり定款第五条を変更する決議をしたものであつて、何らの違法がない。原告の主張は理由がない。

(四)  定款第六条を変更する決議について。

被告会社は、前記のとおり、発行する株式の総数を一千六百万株から四千八十万株に増加するに際し、未発行株式五百八十万株に対する新株引受権の定には何らの変更を加えず、且つ、今回増加すべき株式二千四百八十万株に対する新株引受権の定も右と同一とすることとし、定款第六条を原告主張のとおり変更する決議をしたのである。

原告は、右決議による新株引受権の定が、株主の新株引受権の一部を取締役会の決議により制限しうるとしている点をとらえて、かかる規定の仕方では、定款自体によつては新株引受権が制限されるのか否か不明であるし、制限される場合においてもたんに一部というだけでは範囲が明確でない。このような事項はすべて取締役会にその決定を委ねえないものである。従つて右定款は無効であると主張する。しかしながら、新株発行の権限が取締役会に委ねられた以上新株引受権に関する事項も取締役会に一任するのが会社運営上最良の策なのであるが、偶々悪質の取締役が権限を濫用して、自己又は第三者の利益を計り不当な新株割当をする等のことがあつては旧株主の権利保護上重大な影響があるので、株主に対し新株引受権が付与せられるかどうか付与せられるとすればこれに関する制限が存するが、もし特定の第三者に新株引受権が与えられるとすればこれに関する事項等を定款に記載させることにしたのである。すなわち、新株引受権に関する定は、会社活動の根本にかかわる事項であるためではなく、株主に重大な利害関係を有する事項であるが故に定款の記載事項とされるにいたつたのであるから、他の定款記載事項例えば会社が発行する株式の総数等と異なり必ずしも数量的に明示される必要がなく、株主が定款の記載により新株引受権に対する会社の措置を知りうる程度で足るものとしなければならない。従つて、定款により株主に新株引受権を付与し、その一部を制限することを取締役会に一任する旨定めてあれば、取締役会の合理的裁量により、新株発行の都度経済界の情勢会社営業の状況その他諸般の事情を考慮し制限すべき一部を具体的に幾パーセントにすべきやを決定することができるから、株主の利益を保護するには充分であり、万一、取締役会の決議が著しく不公正であつて株主の利益を侵害する場合には商法第二百八十条の十の規定により新株の発行を差し止めることができるから株主の保護に欠くるところはない。

人あるいは、かかる新株引受権の制限規定の下においては、株主が新株引受権を有するといつても無いと同じにすることもできると主張するかもしれないが、本件定款の規定は、新株引受権の全部を排除することができるとはいつていないのであるから、このような主張は正当ではない。本件定款によつて制限しうる新株引受権の一部とは社会通念上妥当なる一部を指称しその限度内においてのみ株主の新株引受権を制限しうるのであるから、単に一部という文言をとらえて明確にあらずとし、又は新株引受権を無いと同じにすることができるというような見解は誤つている。

次に、原告は、取締役に新株引受権を付与しうるとしていることを以て違法として非難しているが、定款を以て特定の第三者たる取締役に新株引受権を付与しうることは法律の認めているところで何ら違法というべきではなく、新株引受権の付与と取締役に対する報酬の支給とは全く法律上の性質を異にしているから、原告の主張するように、取締役の報酬についての理論を以てこの場合を律することは許されない。

要するに、本件定款の規定は、商法第三百四十七条第二項の要求する新株引受権の定として何ら欠くるところはなく、原告の主張するように無効なものではない。

(五)  海川電力株式会社吸収合併に関する合併契約書承認の決議について。

(イ)  原告は、合併による消滅会社、すなわち、海川電力株式会社の株主債権者その他の利害関係人ではないから、この合併によつて、何ら原告の権利が侵害される筈はない。従つて、原告は本件合併契約書承認の決議につき無効を主張する法律上の利益を有しないものである。よつて、原告の請求は失当である。

(ロ)  昭和十三年改正前の商法においては、その第二百二十一条において株主が七人未満に減じたときは、会社は解散するものとされていたが、現行法においてはこのような規定は削除せられている。蓋し株式会社の存続上株主の員数に重きをおく必要がなく、いわゆる一人会社を認める実益があるからである。されば、現行商法上株主一人のみの会社も有効に存続するものであつて、従つてこのような一人会社が他の会社と合併をなしうることは当然である。原告の主張は理由がない。

四、証拠〈省略〉

理由

一、原告が、被告会社の四十五株の株主であること、被告会社が昭和二十八年五月三十日の定時株主総会において、原告主張の通り定款第五条及び第六条の一部を変更する決議並に海川電力株式会社吸収合併に関する合併契約書を承認する決議をしたこと、及び右株主総会開催当時被告会社の発行済株式の総数が一千二十万株であつたことは、いづれも当事者間に争がない。

二、(イ)定款第五条を変更する決議について。

原告は、会社の発行する株式の総数がすべて発行済株式とならないかぎり、これを増加することは許されないと主張するがこのように解すべき何らの根拠がなく、会社の発行する株式の総数中に未発行株式が残存している場合においても、発行する株式の総数を増加するには、単に発行済株式の総数の四倍を超えることができない制限が存するのみであることは被告の主張するとおりである。本件定款第五条を変更する決議をみるに発行する株式の総数が従来一千六百万株であつたのを発行済株式の総数一千二十万株の四倍である四千八十万株に増加しようとするものであつて、その内容に何らの違法がない。

なお

(1)  原告は、かかる方法による会社が発行する株式総数の増加を是認するときは、この会社の定款のように、増加すべき株式についての新株引受権の定を「未発行株式について………云々」と定めた場合、会社が発行する株式総数増加前の未発行株式について存する新株引受権の定と二重になり不当であると主張するけれども、増加すべき株式についての新株引受権の定と会社が発行する株式総数増加前の未発行株式についての新株引受権の定とが内容において異るときは、格別の考慮を払う必要もあろうが、同一であるときは、被告会社の定款のように会社が発行する株式の総数増加前の未発行株式と増加すべき株式とを一括して未発行株式と称するも一向に差支なく、この場合には、定款改正前の未発行株式についての新株引受権の定は、改正規定によつて実質的になんらの変更をうけることなく、なお存続するものと解すべきであるからこれを理由として定款第五条の改正決議を批難することはゆるされない。

(2)  又、原告はかかる方法によつて会社が発行する株式の総数を増加することを認めるときは、増加すべき株式三千六十万株から未発行の五百八十万株を除いた二千四百八十万株について新株引受権の定をすれば、発行する株式の総数を増加する毎に増加すべき株式全部に対し新株引受権の定をすべきことを要求している法律の規定と抵触すると主張するけれども、定款の改正規定による「未発行株式」中には当然増加すべき株式を含むものと解することができるから、これを理由として定款第五条の改正決議を批難することもゆるされない。

定款第五条に関する原告の主張は、すべて失当であつて採用することができない。

(ロ) 定款第六条を変更する決議について。

新株引受権の制度は、周知のように、新株の発行により会社に対する支配関係、配当率及び株式市価の諸関係において利益を害さるべき株主の保護をその目的とする。而して、商法上、新株引受権は、株主がその有する株式の数に応じて新株の割当を受ける権利として構成せられている。さて、株主の利益が、新株の発行によりて害せられるのは、会社に対しいわゆる割当自由の原則がみとめられている結果、株主以外の者に対し、又は株主中一部の者に対し持株数に比例することなく、新株が割り当てられることによるのである。従つて、新株引受権が、会社から新株の割当を受ける権利であるということは、裏からいえば、新株引受権者からする株式申込である限り、会社はこれに対し割当をなすか否かの自由を有せず、必ず割当をする義務を負い、その限りにおいて割当自由の原則が排除されることを意味しているのである。

さて、商法第三百四十七条第二項の規定によれば、会社が発行する株式の総数を増加する場合においては、増加すべき株式につき定款を以て株主に対し新株の引受権を与え、制限し又は排除する旨を定めることを要するのであるが、右に述べた新株引受権の本質を考へ合せて、右法条にいう新株引受権の付与、制限及び排除が何を意味するかを考察するに、先づ、新株引受権の付与とは会社の有する割当自由の原則が全く拘束されている状態をいい、株主は将来発行せらるべき新株の全部につき新株引受権を有し、会社が新株を発行する都度株主はその有する株数に応じて算定した数の新株につき割当を請求することができるわけである。次に、新株引受権の排除は、付与の正反対の場合であつて、会社に対し完全に割当自由の原則がみとめられ、会社は自由に新株の割当をすることができ、株主は会社に対し、新株の割当を請求する権利がない。

この意味において、被告会社の定款第六条本文の規定は、増加すべき株式の全部につき株主が新株引受権を有する旨を明確に規定するものであつて、その間一部にもせよ、増加すべき株式につき株主の新株引受権を排除しようとした形跡は全くない。もし、一部にもせよ、株主の新株引受権を排除しようというのであればその旨を明かに規定しなければ、商法第三百四十七条第二項の規定の趣旨に副わないのである。一方右定款第六条但書において、増加すべき株式(即ち株主に引受権が付与さるべきことを規定した新株)の一部について公募及び第三者に新株引受権を与えることを容認したのであるから、これは新株引受権付与を制限する規定と解するの外はない。しかし、この場合においても、定款の規定により新株発行に際し新株引受権を与えらるべき株主は、単なる付与の場合に比し制限されているとはいえ、会社の有する割当の自由に対しある範囲において拘束を加え、会社に対し新株の割当を請求しうる権利者なのであるから、新株の公募又は第三者に対する引受権付与につき取締役会の決議をまたずして、自己が最少限幾株につき新株の割当を請求しうべきかを知ることができるのでなくてはならない。蓋し、そうでなければ、本来株主の新株引受権の定款の定の存在によりその内容に応じて拘束を加へられるべき会社の意思が、反対に株主に新株引受権を与える旨の定款の定を実質的に自由に規定することとなり、法律が株主の新株引受権に関する定を定款ですべきことを要求した趣旨に全く背致することになるからである。従つて、株主の新株引受権を新株の数で制限する場合の定款は、要するに、増加すべき株式中どれだけについて株主は新株引受権を有しないかを最大限度を明示して記載しなければならないものと解する。

如上の見地に立つて、本件定款第六条但書の規定をみるに、取締役会の決議により、新株の一部を公募し、又は、役員、従業員旧役員及び旧従業員に新株引受権を与へることができるとしていて公募し、又は第三者に引受権を与えることができる新株を数量的に最大限度を明示して規定していないから、株主の新株引受権の制限の定として適法ということができない。(ここにおいて、本件決議のうち、株主の新株引受権を制限する但書の部分のみを無効とし、無制限の新株引受権を認めたものと解しえないかとの疑を生ずるが、前述の通り、株主に新株引受権を付与した本文の規定と右但書とが一体となつて、株主の新株引受権の制限を表現するものである以上、にわかに一部のみの無効を認めることもできないであろう。)

(ハ) かくの如く、定款第六条の変更の決議による新株引受権の定が違法であつてみれば、本件の場合、会社が発行する株式の総数の増加があつたにもかかわらず、定款を以て増加すべき株式につき新株引受権に関する定をしなかつたことに帰着するから、さかのぼつて、発行する株式の総数の増加自体も亦無効になるものといわざるをえない。

よつて、その余の点につき判断するまでもなく、定款第五条及び第六条を変更する決議は、いづれも無効であるからこの点に関する原告の請求は正当として認容すべきものである。

三、海川電力株式会社吸収合併に関する合併契約書承認決議について。

会社合併は、他の各種の手続と同様に、多数の行為の連鎖からなる一の手続である。而して、合併については、合併無効の訴が認められているから、合併契約書を承認する決議に瑕疵がある場合においても、たんに手続の一環にすぎない右決議の取消又は無効確認のみを独立して訴求することが許されないのであつて、これを争おうとする者は、必ず、合併無効の訴を提起すべきである。

よつて、合併契約書承認決議の無効確認を求める本訴請求は、確認の利益を欠くものというべきであるから、その余の点につき判断するまでもなく、失当として棄却すべきものである。

四、結論。

よつて、原告の請求中、定款第五条及び第六条の規定を変更する決議の無効確認を求める部分を正当として認容し、その余の部分を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文の規定を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小川善吉 太田夏生 宮本聖司)

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